STORYストーリー
2024年9月24日
連載第1回野生のイルカと触れ合える
特別なこの場所を守りたい。
もとにしています。
現在の状況とは異なる場合がありますが、
復興に向けたその時々の歩みや思いを
そのままお伝えします。
みなさん、はじめまして。能登島マリンリゾートの坂下さとみです。私たちは石川県能登半島、穏やかな七尾湾と自然豊かな能登島で、イルカに会えるカフェ「海とオルゴール」を営み、イルカウォッチング、ドルフィンスイム、船釣りなどの体験を提供しています。能登半島地震に際して、ご縁のある多くのお客様から心配や励ましの声をいただき、感謝申し上げます。
おかげさまで社員はみな無事でした。しかし私たちの拠点である七尾市能登島や和倉温泉街は甚大な被害を受けました。カフェ「海とオルゴール」は建物の傾きや駐車場のひび割れがあり、食器や調理器具などほとんどが壊れてしまいました。イルカウォッチングやドルフィンスイムのお客様をお迎えしていた「I LOVE DOLPHIN 海とオルゴール 和倉店」は、古い建物だったために傾きが激しく、倒壊寸前だったため急いで解体をしました。以前とは何もかも変わってしまった状況の中、私たちが事業を再開しようという想いにいたった経緯や、震災後の取り組みについて伝えます。
美しい能登の自然。それがカフェをはじめた原点
震災で町(能登)の風景は一変しました。崩壊した建物、隆起した地面、日常が破壊され、観光客で賑わっていた和倉温泉の旅館のほとんどは、現在も休業が続いている状況です。経験したことがない未曾有の出来事が自分の身にふりかかってきました。震災後、周囲の変わり果てた様子を見て、経営者としてまず思ったことは、「もうダメだ。店を畳む準備をしよう」ということでした。でも一晩寝て、すぐに考え直しました。「海とオルゴール」を立ち上げたときの原点を思い出したからです。
能登島にあるこの土地は、もともと住むための家を建築するつもりの場所でした。毎日車で通い、目の前の穏やかな海、どこまでも澄み切った空が広がる風景を眺めました。そのうちに心が晴れ晴れとして、なんともいえず気持ちが楽になっていきました。「この素晴らしい風景を私だけのものにしたらもったいない。私のように癒しを感じる人がいるはずだ」と考えたのです。そこで、建築中だった家の設計を思い切って変更して、以前から構想していたカフェ「海とオルゴール」を2004年8月に完成させました。翌年の2005年3月25日にオープンし20年目を迎えます。
野生のイルカと触れ合える特別な場所に
今まで飲食店のなかった能登島にカフェを開きましたが、認知されるまで時間もかかり、お客様に来ていただけるようになるまでは苦労しました。イルカウォッチングとドルフィンスイムの体験を提供しはじめたきっかけは、カフェの目の前の海で野生のイルカを発見したことです。最初は自分の楽しみのために、地元の引退した漁師さんに頼んでボートに乗って近くまでイルカを見に行っていました。私はイルカに会うと元気になれる。この気持ちをたくさんの人に共有したいと思い、ツアーとして提供するようになりました。野生のイルカと触れ合えるツアーは口コミで評判となり、震災前には年間4000人以上のお客様にご参加いただくまでになりました。
「また会いに行きます!」というメッセージ
震災後、お店やイルカを心配した全国のお客様からメッセージをいただきました。七尾湾で暮らす17頭のイルカは、地震の被害からのがれ、今も無事に生きています。お店が壊れてしまったことや、イルカが無事にいることをSNSで発信していくと「またイルカに会いに行きます!」「美しい自然が忘れられません!」「海の見える思い出のお店に行きたい!」といった励ましの声があり勇気づけられました。この場所が私たちだけじゃなく、誰かにとっての特別な場所になっていることを強く実感しました。こんなにも応援してくれる方がいる。「もう一度がんばろう!」と力を与えられました。
今やれることをやっていくしかない
地震から半年が経過しましたが、今もやることは尽きません。それでも一歩ずつ前に進んでいくしかない。「海とオルゴール」では、ずっと大切にしてきた食器や、器具が壊れたことで大きなショックを受けました。でも幸いにも建物自体は無事でした。復旧作業をして1月30日にはカフェを再開しました。とはいえ、当店は観光でお越しになる方がメインです。開店休業の状態が続きました。かといって手をこまねいていても仕方がありません。お店を続けていくと決めた以上、今やれることをやっていくしかないと、できることは何でもやろうと取り組んできました。
収入を少しでも得るために、いままで休業していた「コテージのとじま春菜」宿泊業を工事関係者の方の宿としてご利用いただけるようにしました。3月には復興工事を行う作業員に向けて、お弁当の販売を始めました。朝昼晩、多いときには35食。手作りにこだわったお弁当が評判となり、工事業者の方から休むことなく注文が入り、お弁当を作り続けました。作業員の宿泊拠点が奥能登へと遠くなり3月末にはお弁当の提供は終了しましたが、続けて4月から6月までは和倉温泉屋台村に出店し、ドーナツとピザの販売を行ってきました。お客様は工事関係者の方がほとんど。被災地で倒壊した家屋を見ている人たちは、地域の飲食店を応援したいという気持ちで食べに来てくださいました。
お客様のために灯りを点し続ける
和倉温泉屋台村での販売は好調でしたが、毎晩通って出張販売をすることは負担もありました。スタッフとも話し合い、7月からは本来の店舗である「海とオルゴール」でお客様を待つことに決めました。しばらくお客様は戻ってこないかもしれない。それでも、お店をオープンしたときの原点に立ち返って、「穏やかな海の見えるこの場所に来たい」「イルカと会って元気になりたい」というお客様のために、灯りを点し続けて待とうと思ったのです。
和倉温泉の復興には時間がかかり、観光客が戻ってくるにはまだまだ時間がかかると思います。でもコロナ禍でも私たちは同じような経験をしました。外出が制限され、人が集まりにくくなった時期でも、開放的な自然の中で、野生のイルカと交流できるイルカウォッチングやドルフィンスイムを求める方は多くいました。イルカへの熱い想いを熱心に伝えてくれるお客様も大勢います。だから「海とオルゴール」に来ることを目的に、足を運んでくださる方はきっといるはず。諦めることなく「ここで元気にやってるよ!」と発信し続けていけば、お客様は必ず戻ってきてくれると信じています。
お客様のことを考えネット予約を継続することに
イルカウォッチング等の予約は「Airリザーブ」で受け付けています。実は一度、「Airリザーブ」は解約しようと考えました。「もう予約をしてくれる人なんていないだろう」と弱気になってしまったのです。でもすぐに考え直しました。お客様が行きたいと思ったときに、すぐネット予約できることに価値があると感じて利用してきたのに、それをやめたら、せっかくのお客様も取り逃がしてしまう。厳しい状況は続いており、とても例年どおりとは言えないですが、夏になりまたポツポツと予約が入るようになってきました。
当初は、予約をした人から翌日に取り消されることが続きました。もしかして宿泊する場所が見つからないからではと考え、すぐにサポートのメールを返すようにしました。7月現在、近隣の宿泊施設も少しずつ稼働する動きがあり、車で40〜50分の富山県氷見市のホテルなども紹介しています。どうしてもイルカに会いたいけれど宿泊場所が心配という方は、ぜひご相談いただければと思います。
営業していることを発信し続けていく
7月20日にはカフェ近くの「のとじま水族館」が営業再開しました。カフェにもお客様が少しずつ戻ってきました。「お店に行っても大丈夫?」と聞かれることが多いのですが、現在は能登島に渡る2つの橋のうち、「ツインブリッジのと」は通れず、「能登島大橋」は開通しています。現地の情報は刻々と変化していくので、最新情報を伝えるべくSNSでの発信も積極的に行っています。途中で道路工事をしている部分もありますが、「海とオルゴール」までは車や自転車で問題なく来ることができます。道中に気をつけて、安心してご来店ください。※この記事は2024年7月18日の取材時点の内容をもとにしており、現在の状況とは異なる場合があります。
少しずつ復興に向かう兆しが見えてきたとはいえ、正直まだまだです。現地の状況は本当に酷いです。壊れたまま放置されている場所も多い。和倉温泉が復興しなければ、地域が盛り上がることは難しい。そのためには最短でも2、3年、それよりもっと長い時間がかかると思っています。能登で事業を営んでいる人は大勢います。以前は積極的に交流をすることはなかったのですが、震災をきっかけに会話をするようになり、今後のことを話しあうような関係性も生まれました。とにかく、今やれることをやるしかない。私たちは来てくださるお客様のために灯りを点し続けます。これから数ヶ月の間にも次々と変化が起きるはずです。ここではそんな私たちの復興に向けた様々なチャレンジや、その時々に感じた想いを伝えていきます。
海とオルゴール(能登島マリンリゾート)
石川県七尾市能登島曲町2部乙2-7
https://www.umi-to-orgel.com/
この記事を書いた人
羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター
ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。
https://www.kotonoba.co.jp