STORYストーリー
2025年4月28日
連載第4回
震災から1年。
能登に帰ってくる人のために、心をこめて営業し続ける。
もとにしています。
現在の状況とは異なる場合がありますが、
復興に向けたその時々の歩みや思いを
そのままお伝えします。
静かに迎えた新年。少しずつ動く地域
能登地方には古くから仏事を大切にする風土があります。2024年1月1日の能登半島地震では多くの方が亡くなりました。それから1年が経ち、知り合いと話をしても、まわりを見ても、おめでとうを言う雰囲気はなく、静かに新しい年を迎えました。
今も、地域には壊れた建物が多く残され、観光は止まっています。立ち入りできなくなっていた和倉港の護岸工事も、この1月末にようやくはじまったばかり。完成予定は2027年になると聞きました。和倉温泉の旅館は海に面しているところが多く、護岸工事の影響を受けます。廃業を決めた旅館もあれば、一方で将来を見据えて解体や改築の計画を立て始めた事業者もいます。ある老舗旅館からは、和倉温泉が復興したときには、アクティビティとして「海とオルゴール」のイルカウォッチングとタイアップしたいと声をかけられました。

32年の思い出がつまった家が更地に
1月には私が住んでいた家が解体になりました。2人の娘を育て、孫たちと鍋をしたり一緒に遊んだり、32年間の思い出がつまった家が、わずか10日ほどで更地になりました。傾いてしまってもう住むことはできないのだし、いさぎよく解体を決めたつもりでした。でも工事初日、工事車両の鉄の爪が壁に食い込み、どんどん壊れていく家を見ていたら、胸がえぐられるような気持ちになりました。その場では何も言わずじっと見ていましたが、車に乗って現場を離れ、100メートルほど進んで信号待ちをしているとき、たくさんの思い出が一気によみがえり、涙が溢れてきました。

和倉店を飲食店に改装。新たなチャレンジ
昨年9月の大雨による被害の後、戻りかけた能登の観光客もパタッといなくなりました。地域からの人口流出は止まらず、いま増えているのは工事に携わる方々です。近所のスーパーに行っても、見知った顔がいなくなり、知らない人ばかりになりました。そうした方が飲食する場所が足りていないと聞き、イルカウォッチングの拠点である和倉店を、飲食店としても営業ができるように改装しました。看板などもリサイクルで、飲食スペース作りや、壁や床のペンキ塗りもスタッフみんなで行いました。提供するメニューはお客様のニーズを見ながら、柔軟に変えていこうと思っています。工事の方はもちろん、ご近所の方にも利用してもらえるような飲食店にしたい。軌道に乗るかはわからないけれど、今できることを考えて進むしかない。やれることは何でもやっていきます。

能登島でペットと泊まれる宿を開設
能登島の「海とオルゴール」では、新たな試みとしてペットと泊まれる宿泊場所を開設することを決めました。プレハブを使った六畳ほどの部屋に、屋根つきの洗い場がついています。人手が足りないため退出時のお掃除も宿泊者にお願いすることになりますが、ペットと泊まれるこうした宿は他にはなかなか見つからないと思います。愛するペットと一緒に、旅行や気分転換がしたいと思っている方に、ぜひ利用して欲しいです。自然豊かな能登島で、のんびりゆったりとした時間を過ごしてください。

イルカのオブジェに込めた想い
先日インフルエンザに罹り、どこにも行けなくなりました。そこで能登復興を願ったイルカのオブジェを作りました。もともと能登島にいる野生イルカの数(18頭)だけオブジェを作ろうと目標を立てて、少しずつ作り始めていたのですが、なかなかまとまった時間が取れず、これをいい機会にと集中して取り組みました。イルカの形に切った板に、私がこれまで海岸で集めてきた能登の貝殻やシーグラス、造花で飾り付けをしました。これから能登にある12の小学校にメッセージを添えて届けに行こうと思っています。
子どもは不安を抱えても、うまく言葉に出せないことがあります。壊れた建物や倒木を見たり、仲の良かった友達が遠くへ引っ越してしまって、傷ついている子たちがいる。そんな子たちが、能登の美しいものを集めて作ったオブジェを眺めることで、少しでも癒しになったり、何か感じてくれるものがあればいい。そんな想いを込めました。

美しい風景を求めて帰ってくる人のために
今も能登島のカフェにいらっしゃるお客様は、1日1組か2組ぐらいです。観光客は来ないけれど、再訪してくれる地元のお客様が以前より増えたように感じます。テラス席に座り、コーヒーを飲みながら、目の前の穏やかな海、どこまでも澄み切った空が広がる風景を眺めている。そんなお客様の姿を見ていると、私がここでカフェを始めた理由を思い出します。能登島の美しい風景を前にすると、心が晴れ晴れとしてくる。この海が好きで、イルカが好きで、安心して帰ってこられる場所を必要とする人のために、何としてもがんばらなきゃいけない。
「海とオルゴール」は2025年3月25日に20年目を迎えます。周年だからと特別なことはせず、20年が来たことを、静かに迎えるつもりです。これまでと変わらずに一人ひとりのお客様を大切にすること、そして、心をこめて営業をしていれば、お客様は必ずまた来てくれると信じて、復興に向けて歩んでいきます。

海とオルゴール(能登島マリンリゾート)
石川県七尾市能登島曲町2部乙2-7
https://www.umi-to-orgel.com/
この記事を書いた人

羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター
ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。
https://www.kotonoba.co.jp