STORYストーリー
一杯数百円で世界とコミュニケーションできる嗜好品。コーヒー豆の焙煎で、人に喜ばれるものづくりを極めたい。
- RED POISON COFFEE ROASTERS
- 森藤友通
- (もりふじともみち)
神奈川県座間市にあるRED POISON COFFEE ROASTERSは、コーヒー好きが各地から集まる、今注目のスペシャルティコーヒー専門店だ。ブラックを基調としたインテリア。広々としたカウンターには試飲用のコーヒーが並べられ、店主の森藤夫妻と談笑しながらコーヒーを楽しむお客様が、ひっきりなしに訪れる。
店舗の右手に鎮座するのが、重厚な存在感を放つ焙煎機SOLIDだ。森藤さんが自ら設計を手がけた、世界に1つしかないオリジナルの焙煎機。「既成の焙煎機では理想とする焙煎ができなかったんです」と森藤さんは言う。強力な火力と冷却力。生豆の持つポテンシャルを繊細かつ大胆に引き出すことで、果実感溢れるコーヒー豆が生み出される。
「焙煎がうまくいくと、コーヒーの液体が赤色をしていることに気がついたんです」。それが店名RED POISONの由来となった。森藤さんにとってのコーヒー、そしてお店のこだわりについて話を聞いた。
自分のセンスでものづくりをする
ものづくりが好き。それは、小さい頃からずっと変わらないですね。それも誰かの真似をするのではなく、自分のやり方で工夫して作ることが好きなんです。
小学生の頃も、先生に教えられたまま作るのではなく、自分なりのやり方で、先生よりいいものを作ろうとしていました。構造やデザインや耐久性。総合的なバランスを考えて、自分のセンスでものづくりをすることが、すごく楽しかったし、得意でした。でも、それがゆくゆく仕事につながるとは思っていなかったです。好きなことを仕事にするということが、あまり意識されていなかった時代です。大学進学では、理系の学科を目指し受験勉強していました。
でも高校2年生の夏休み、原付バイクの破れたシートを繕いながら気がつくんです。やっぱり自分はものづくりが好きなんだと。そこで思い切って、進路を美大に変えました。将来苦労するかもしれないけど、自分のやりたいことをやらないと人生に意味がないと思ったんです。
いつか自分のブランドを起ち上げたい
美大にはいろいろな学科があります。当初やりたいことが絞れていなかったので、総合的に学べるデザイン科を選びました。でも最終的には専攻を決めないといけない。ものづくりと言ってもさまざまです。たとえば建築だったら大きなものがつくれるけど、いろんな人が関わるから、どうしても自分の思い通りにならないことが出てくる。こだわりの強い自分には、最初から最後まで自分で作れるものが合っていると思いました。そこで金属に細工をする金工科を選び、ジュエリーを作ることにしました。手先で細かい作業をすることも好きだし、手の中におさまるサイズ感もよかった。
卒業後は、大手ジュエリーブランドに就職しました。目標はハッキリしています。いつか自分のオリジナルブランドを起ち上げるということ。そのために必要なビジネススキルやノウハウを身につけようと思い、デザインだけでなく、あらゆる職種を経験させてもらいました。
最高に美味しいコーヒーが飲みたくて
約16年勤めたジュエリー会社を、自分のブランドを起ち上げるために退社しました。でも、そんなに簡単にジュエリーブランドを始められるものではありません。まずはフリーランスでデザインの仕事をしながら、準備を進めていくことにしました。
コーヒーの焙煎を趣味ではじめたのがこの時期です。以前からコーヒーは好きだったのですが、最高に美味しいコーヒーを自分で淹れて飲みたいと思ったんですね。趣味とはいえ凝り性なので、好きなことは極めたくなる性分です。美味しいコーヒーを淹れるためには何が大事なのかを考えました。一杯のコーヒーが完成するまでには、豆の栽培、選別、焙煎、抽出と様々なプロセスがあります。その中で、焙煎が香りと味を決める大きな決め手になるというところに行き着きました。どれだけ上手に淹れたとしても、焙煎がよくないと美味しくならないんです。美味しいコーヒーを追求するにはいろんなアプローチの仕方があるけれど、自分はこれでやってみようと。
何度やってもうまくいかない焙煎にハマる
生豆を買って、まずは手網での焙煎をはじめました。でも、これが全然うまくいかない。自分は工夫することが得意だという自負もあるし、考え得る限りのやり方で試してみるけれど、何度やっても納得のいく焙煎ができません。頭の中は、どうすればいい焙煎ができるだろう。もうそればかり。
ある日、大手コーヒー店のコーヒーを飲んだら本当に美味しいんです。自分で焙煎をやっているからこそわかる完成度。創業者のストーリーを読んだら、寝ても覚めても焙煎のことを考えていたと書いてある。今の自分と一緒でした。その人は解決の糸口を見つけた。すごいなと。自分も糸口を見つけて前に進みたい。自力で、手網を使ってなんとかやってやろうと思っていたけど、ある段階で限界があることを悟りました。自分が求める焙煎をするには、業務用の焙煎機が必要だという結論に至りました。
飲めるものづくり、飲めるジュエリー
でも業務用焙煎機って大きいんです。趣味で購入して家庭に置くようなものじゃない。そんなジャマなものどこに置くの、と反発されるだろうと思いながら、妻に相談しました。
すると「買っていいよ」と言ってくれたんです。正直驚いた。そのときはまだ商売にする予定もなかった。でも、毎日焙煎に夢中な僕の姿を見て、今これが必要だと理解して、背中を押してくれた。もしこのとき焙煎機を買ってなければ、このお店はなかったと思います。感謝です。
焙煎機を手に入れて、これで理想の焙煎ができると思ったけど、いくらやってもうまくいかない。焙煎は奥が深い。だからこそ、のめりこみました。
この頃、自分がやりたいブランドが、ジュエリーからコーヒーに変わっていきました。どちらも人に喜んでもらえるものをつくることは一緒だけれど、高価なジュエリーとは違い、一杯数百円で全世界の人とコミュニケーションできるコーヒーが、これからの自分に合っていると思った。コーヒーは飲めるものづくりであり、飲めるジュエリー。アイテムは違うけど、基本的な考え方は一緒なんですよね。
通販からリアルな店舗の開業へ
MORIFUJI COFFEEというスペシャルティコーヒーのブランドを起ち上げて、まずはネットで通信販売することからはじめました。最初は知名度もなく、なかなか売れなかった。後発のコーヒー店だし、全国の有名店がライバルになるのだから、味、値段、品質、イメージ、サービス、そのすべてがよくないといけません。とにかく内容を高めることに集中しました。
気持ちのうえでは世界一美味しいコーヒーを提供したい。ものづくりの勝負だと思っているから誰にも負けたくないんです。難関の国際コーヒー鑑定士のライセンスも取得しました。時間はかかったけれど、コーヒー好きの人の口コミや、マスコミの紹介で、少しずつ名前が知られていくようになりました。
通販には物理的なことに縛られないよさがあります。でもブランドの発展を考えたとき、ショールームのような機能を持たせたリアルな店舗が欲しいと思うようになりました。入念に準備をして、当面は運営していける体力を蓄えたうえで、2018年7月にRED POISON COFFEE ROASTERSを開業しました。
試飲や会話など臨場感のある体験を大切に
店舗の設計は自分で行い、外観や内装にはとことんこだわりました。コストをおさえたかったこと、最後の最後まで手を入れたかったことから、ほとんど僕たち夫婦が中心となって工事しました。壁の色やカウンターの高さなど、微妙な調整を繰り返し、これしかないというところまで突き詰めた。
店内設備でレジを選ぶときは、知人が利用していたAirレジに決めました。多くの人が利用しているのだから使い勝手がよいだろうと。実際、電源を入れたのがオープン前日、はじめて会計でAirレジを触ったのがオープン日。ぶっつけ本番でもなんとかなった。使う人のことが考えられた画面になっていて、操作がカンタンで助かりました。少ししてAirペイを導入し、カード決済にも対応しました。カードリーダーがスッキリしたデザインで、店舗の雰囲気を損なわないところも気に入っています。
店舗で大事にしていることは体験です。カウンターではその日飲むことができるすべてのコーヒーを試飲できるようにしています。お客様と会話をしながら、お勧めのコーヒーを提案したり、直接感想を聞いたりできることが嬉しいし、こうしたコミュニケーションができることに店舗があることの価値があると思います。
店名に込めた想いと、ものづくり
オリジナル焙煎機SOLIDを製作したのは、自分が理想とする焙煎のために必要だったから。これまで既成の焙煎機を改造しながら使ってきたのですが、改造してできることには限界があり、納得いくものを自分で設計して作ってしまったほうがいいと思いました。
見ていただくとわかるのですが、当店のコーヒーは液体が赤色をしています。何度も焙煎を繰り返し、美味しく焙煎ができたとき、コーヒーが赤色になることに気がつきました。店名のRED POISONは、いつか最高のブレンドができたときにつけようと取っておいた特別な名前。それを店名として使うことにしました。REDは当店の特徴でもあるコーヒーの赤、POISONにはクセになる、という意味が込められています。
やることは多く大変だけど、本当に好きなことだから苦になりません。誰かに喜んでもらえるものをつくること、そして世界の人とつながれること。それが自分の追求していきたいものづくりです。焙煎は難しいからこそ面白い。これが誰にでもできることなら、仕事にしなかったと思います。お客様の「美味しい!」という一言が聞きたい。だから、今日も焙煎機を回します。
- RED POISON COFFEE ROASTERS
- 神奈川県座間市さがみ野2-2-20
- 046-404-8518
この記事を書いた人
羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター
ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。
https://www.kotonoba.co.jp前康輔(まえ こうすけ) | 写真家
写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。
前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/