STORYストーリー
ウサギの診察は、難しいからこそやりがいがある。仲間と診療技術を磨き、次世代につなぎたい。
- ラパン動物病院
- 一ノ瀬雄史
- (いちのせゆうじ)
千葉県白井市にあるラパン動物病院。ウサギをメインに犬やネコなどの診療も行うこの動物病院には、近隣からはもちろん、「どうしてもここで診て欲しい!」と、車で2,3時間かかる遠くのエリアからも飼い主がやってくる。ラパンとはフランス語で「ウサギ」のこと。院長の一ノ瀬雄史さんは35歳で開院したとき、ウサギの飼い主ならば“きっと反応してくれる”と考え、この病院名を付けた。医療機関には広告規制があり宣伝ができないが、開院後、一ノ瀬さんが想定していた通りに、ウサギの飼い主が“ラパン”という名前に反応して次々と来院するようになった。「ウサギはとても繊細な動物で、診療を扱わない動物病院がほとんどです。この数年で治療法も進化しましたが、まだまだ未知な部分が多い。仲間たちと情報交換しながら、手探りで知見を積み重ねてきました」一ノ瀬さんは大学時代、ウサギはおとなしくて鳴かないし“飼うのが楽そう”という理由で飼い始めたことをきっかけに、獣医師として “ウサギの診療を極めていきたい”想いが次第に強くなっていった。一ノ瀬さんのウサギへの想いと、ラパン動物病院について話を聞いた。
獣医師の道を選んだのは、たまたまだった
獣医師を志す人で圧倒的に多いのは、小さな頃に動物を飼っていてお世話になった経験があったり、動物病院の跡継ぎであったり、何らかの形で獣医師と関わったことのある人です。でも、自分が獣医師の道を選んだのは偶然です。高校生のとき、進路を考えるタイミングで、将来は資格を取って働けるやりがいのある仕事に就きたいと思い、数ある職種の中で獣医に興味を持ちました。もともと好奇心が強いタイプで、日々変化のある仕事がしたいと考えており、それまで動物を飼ったことがない自分にとって、獣医は新鮮なことばかりで刺激的なのではと思ったからです。獣医学部に現役合格したことで、今につながる獣医師への道が始まりますが、そもそもの動機が異色だったことに、大学に入学してから気がつきます。まわりは熱い想いを持って獣医を目指してきた人ばかり。それにひきかえ自分はそれまで動物を飼ったことすらありません。まずは動物を飼うことから始めなければと考えました。
“飼うことが楽そう”という理由でウサギと出会う
とはいえ学生生活は忙しく、世話のかかる犬やネコを飼うことは難しい。ウサギだったら鳴かないし、散歩もいらないし、うんちもつまんで捨てられる。“これなら楽そう”と思って飼い始めました。でも、当時は今と違ってウサギを部屋で飼うような人は少なく、飼育情報もグッズもありません。そして飼い始めてから気づいたことが、思った以上に繊細な動物で、直前まで元気だったのに急に病気になること。飼育そのものの手間はかかりませんが、健康管理の面で犬やネコとは違った大変さがありました。何より難しいのは病気の原因がわからないこと。でもわからないからこそ、好奇心が刺激されました。「もっとウサギのことが知りたい!」。詳しく調べようと大学の教科書をめくると、そこではラットやマウスと同様の実験動物に分類されていてショックを受けました。診療する対象になっていないのです。そこで、日本でも数少ないウサギに詳しい獣医を見つけ出し、弟子入りさせてもらって教えを乞うようになりました。
ウサギに関する知見をためていく
大学時代はもちろん、卒業して動物病院に勤務するようになってからも、ウサギの師匠のもとに何度も通い、少しずつ知識を増やしていきました。同時に私自身もウサギを飼い続けることで、扱い方にも慣れていき、「食べ物かな、それとも気温の問題かな」と手探りしながら、次第に病気の特定もできるようになっていきました。ウサギは、犬やネコとは飼い方が根本的に異なります。草食動物で、食べられるものが限られる。野生の感覚があり、体が弱っていても、他の動物に気がつかれないように、病気を隠す習性がある。死ぬ限界まで元気にふるまってしまう。こうした基礎的な知識がないことで、病院に連れてきたときにはもう手遅れということもよくあります。
だから多くの獣医はウサギを診たがらない。ウサギを飼う人はここ数年で増え続けていますが、診療できる動物病院はとても少ない。なぜなら犬やネコであれば治療薬も多く、参照するデータにも事欠きませんが、ウサギはそうはいかないからです。動物用の新薬が出たときも、ウサギは対象外なので、自分と同様にウサギを愛する獣医仲間と情報交換しながら、ウサギでも効く薬なのか、安心して処方できるかを確かめていくしかない。そうやって本当に一歩ずつ知見を積み上げてきました。
ウサギを診療する動物病院を開院
2つの動物病院で獣医としての経験を積み、2011年、35歳でラパン動物病院を開院しました。犬やネコの診療はもちろんですが、同時にエキゾチックアニマルと呼ばれるウサギやカメ、爬虫類などの診療も行う動物病院としてはじめました。“ラパン”はウサギを飼っている人ならすぐにピンとくる名前ですが、一般的な言葉ではないので、動物を限定せずに済みます。自分がそうであったように、ウサギの飼い主は、病気のときに連れて行く病院がないことに困っていると踏んでいました。開院後、想定していた通り、ウサギを連れて多くの飼い主さんが来院されました。“え、そんな遠くから?”という場所からも、車で長時間かけてやってきます。そうした熱心な方々は、ウサギに関してとてもマニアックな知識を持っていることも多い。“自分が納得のいく病院でベストな治療を施したい”という気持ちでここまでいらっしゃいます。その期待に応えなければと気持ちも引き締まるし、誰よりもウサギに詳しい獣医として、時に飼い主さんと議論したり、データを示して丁寧に説明をしながら診療をしてきました。
受付業務を改善、動物に注力できる環境に
現在、ラパン動物病院の診療の割合は、全体の約6割がウサギで、カルテ数は3000を超えます。ウサギの動物病院として確立してきたことを自負しています。この10年で診療する動物の種類も数も増え、設備や入院室も手狭になったことから、現在の広い敷地で増築をしました。施設や駐車場にも余裕ができたので、今まで通りウサギの知見を突きつめつつ、次の10年は新たな動物を掘り下げることにもチャレンジしようと思っています。
設備に関することでいえば、以前、電話で来院予約や受付管理をしていたときは、スタッフが電話対応に追われ困っていました。9時オープンの2秒後には電話が入り、そこから鳴り止まない状態です。少数精鋭で運営している病院なので、1人が電話につきっきりになるのは痛い。この問題を何とか解決しなければと思い、導入したのがAirリザーブとAirウェイトです。Web上で24時間予約受付できるAirリザーブと、当日来院された方の順番待ちを管理するAirウェイトを導入したことで、業務負荷が劇的に改善されました。受付管理に貴重な時間を奪われず、スタッフが動物に注力する環境が実現できています。
動物と同じくらい飼い主とも向き合う
ラパン動物病院が掲げている理念は「動物にも人にもやさしい診療」です。獣医だからといって動物のことがわかっているだけではこの仕事は成り立たない。動物と同じくらい飼い主と向き合うことが重要だし、そこができていないと治療もうまく進みません。会話をしながら、相手の思いを汲み取って、説明の仕方を組み立てたりすることは難しいけど面白い。動物と同じように人間も1人ひとり違う。この仕事をしていなければ出会わなかったような人も大勢います。印象に残っているのは、ある初老の男性で、フレンチブルドックの飼い主さんです。ガンになってしまい余命わずかな状態でした。男性と話し合った結果、これ以上苦しまないようにして欲しいと、「俺の目の前でやってくれ」と安楽死のための注射を打つことを求められました。愛犬が命を引き取るとき、男性が静かに泣いている姿がかっこよかった。とても心を打たれました。獣医はこうした人生のドラマに立ち会うような仕事でもあります。
“好き”がモチベーションの源泉
大学生の頃、たまたま飼い始めたウサギに夢中になり、かれこれ30年近くのめりこんできました。「なぜそこまで?」と聞かれることはあるのですが、一言でいえばシンプルに「好き」だからですね。食事をしている姿も、鼻をヒクヒクさせている様子もたまらなく可愛い。飼う人が増えているのには、それだけの理由があります。でも、医療は犬やネコのように充実していない。だったら、愛するウサギに出会ってしまった獣医の僕がやるしかない。先人に教えを乞い、自分と同世代のウサギ好きの獣医仲間と協力しながら、少しずつデータを蓄積し、最近になってようやく医療技術も発達してきました。レントゲンなどの設備も以前より充実しています。それでもウサギに関しては常識を覆すような発見が今でもあり、未知な部分が多く残されています。愛するウサギと飼い主のため、私たちがやってきたことを、次の世代に引き継いでいき、さらに発展させていって欲しい。その思いを強く持っています。自分自身、これからもウサギの診療技術をもっと掘り下げていくつもりです。
- ラパン動物病院
- 千葉県白井市冨士102-17
- 047-402-6358
この記事を書いた人
羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター
ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。
https://www.kotonoba.co.jp前康輔(まえ こうすけ) | 写真家
写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。
前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/