STORYストーリー
人生の目的は社会の役に立つこと。食の選択肢を増やし地球の未来に貢献したい。
- Te cor gentil(テコールジャンティ)
- 森翔太
- (もりしょうた)
麻布十番に2022年10月にオープンした「Te cor gentil(テコールジャンティ)」はヴィーガンパンの専門店だ。店名の由来はフランス語の「terre(地球)」「corp(身体)」「gentil(優しく)」の組み合わせから。地球環境に負担をかけず、人の身体にも優しい食を提供したいという想いを店名に込めた。オーナーの森翔太さんは、スキンケア化粧品を扱う株式会社クリスティーナ・ジャパンの代表取締役でもある。事業を通じて得た利益を社会に還元したいという想いから、ヴィーガンに着目し「Te cor gentil」を開業した。「ヴィーガンには環境保護、動物愛護、健康問題という3つの観点があります。さらに最近は乳製品アレルギーの子どもが増えていることも知りました。これら4つの社会課題をビジネスで解決し、社会に貢献できたらすごいと思えたんです」森さんが掲げている目標は髙く、ヴィーガンの事業で世界的企業になることを目指している。どんな経験から森さんはこのような想いを抱くようになったのだろうか。
交通事故で九死に一生を得て人生観が変わった
経営者になろうと考えるようになったのは、18歳のとき、居眠り運転で交通事故を起こしたことがきっかけです。意識不明の重体で病院に運ばれ、生きていることが奇跡と言われました。どうにか一命をとりとめましたが、本来だったらそのときに失っていたかもしれない人生です。これからは当たり前に“生きていく命”ではなく、 世のために“生かされていく命”になるのだと思いました。この第2の人生を、それまでできていなかった親孝行や、社会貢献に役立てる使命があると感じるようになりました。
ではどうやって社会に貢献していくか。さまざまな本を読んだり、四国の八十八カ所お遍路をしたりしながら頭の中でぐるぐる考え、そのうちに経営者になりたいという夢と出会いました。事故を起こす前までは、僕は親にも反抗的でした。家は大阪で代々パン屋を経営していて、祖父は西日本のパン組合の理事長でしたが、パン屋は継ぎたくないと反抗してきました。でも事故をきっかけに考え方が変わり「パン職人にはなれないけれど、経営者となってパン屋を出すことはできる。それを30歳までに実現する」と親に約束しました。
25歳までホストをやり26歳で経営者に
経営者になりたいと思っても、すぐになれるわけではありません。まずはお金を稼いで、26歳までに起業しようと思いました。でも18歳で社会経験もない。できる仕事がないなかで資金を集めないといけない。そのときパッと思いついた選択肢がホストになることでした。もともと自分に目標を課して達成していくことが好きなタイプです。大阪のホスト界でトップになるという目標を立てナンバーワンになりました。20歳になり、野球選手だったらメジャーに挑戦するように東京のホストクラブに移籍。全国ホスト界の「神7」にも選ばれました。
歌舞伎町で有名人になり、地位も名誉もお金も手にしました。通りを歩けばアイドルのようにチヤホヤされる日々。いきがっていた時期もありました。そのままホスト業界でお店を持てば安泰だったかもしれません。でも自分は18歳のとき「社会に貢献する」という人生の目的に出会いました。これからの人生、経営者としてのしあわせな未来を考えたとき、「どうすれば社会に貢献する生き方ができるだろう」と自らに問いました。
応援してくれた女性に恩返しがしたい
ホストの世界を引退することを決め、今の自分にできることを考えました。ちょうど2018年に結婚した妻が美容サロンを経営しており、海外の化粧品「クリスティーナ」の日本での販売権利を持っていました。一人ひとりの肌の悩みを解決するスキンケア製品ですが、事業としての展開は手つかずの状態でした。そこで、この美容の事業からはじめようと思いました。肌のトラブルなど悩みを抱えている女性が多いことを知っていたからです。今まで応援してくれていた女性たちのために、何か恩返しできることがしたいという気持ちともつながりました。
法人化をして自分が経営者となり、店舗展開のサポートや卸売先の開拓など、事業の拡大に取り組んでいきました。ビジネスのイロハもわからないなかで、成功している経営者やビジネス事例の本を読み、業界の関係者にアポを取り、難しい会議に参加し、手探りで事業を拡げていきました。
美容事業で得た収益を社会に還元していく
次第に「この化粧品に出会えて肌が変わった」「人生が変わった」といった声をいただけるようになりました。人に感謝されたり、誰かの役に立ったり、存在価値が証明できた瞬間に、働くことの喜びが実感できることを知り、自分に自信が持てるようになりました。2018年設立で現在6期目ですが、毎年増収増益を続け、スタッフも増えており、着実に利益を生み出すことのできる事業へと成長しました。
美容の事業で成功して得た利益を使い、社会に還元することをしようと考えました。ヴィーガンに興味を持ったきっかけは、コロナ禍で外出しにくく、家で配信動画を見ていたときに、食肉の文化が地球環境に負担をかけていることを知ったこと。同じタイミングで畜産動物に関する映像がInstagramで流れてきました。それまでの自分は、身体を鍛えていたこともあり、筋肉を増やすため毎日焼き肉を食べているようなライフスタイル。食肉の文化も仕方ないことと都合よく解釈していました。でもそのとき、ヴィーガンの考え方と“社会に役立つ生き方をする”と決めた自分の心情とがつながったのです。そして、自分自身これからヴィーガンとして生きることを瞬間的に決断しました。
ヴィーガン×パン屋さんを30歳までに
もうひとつ思い出したことが「30歳までにパン屋を開店する」と、親と交わした約束です。気がつけばそのとき30歳になっていました。残りあと12ヶ月しかない。31歳になる前にパン屋さんを開店すると決めて、準備をはじめました。そこで“ヴィーガン”と“パン”がつながりました。ヴィーガン専門のパン屋さんは、全国でも数えるほどしかなく、職人さんともなかなか出会えません。でも「すでに実現している人がいるなら自分にもできないはずがない」と人脈をたぐり、パンの監修をしてくれる方やシェフ、パン業界に詳しいコンサルタントを見つけて、目指すパン屋の実現に向けて動きました。
2022年10月「Te cor gentil」をオープン。準備期間が短くスタッフと大急ぎで必要なものを揃えていきました。会計に関しては、手軽に導入できて、スタッフみんながカンタンに使えるAirレジとAirペイがあったことで助かりました。現金を扱わないキャッシュレス決済はスタッフの会計ミスを防ぎ、心理的な負担をかけずに済むという面でもメリットが大きいと感じます。
事前にSNS等で積極的な発信を仕掛けたこともあり、「Te cor gentil」は開店直後から行列が続きました。パンとしての美味しさに何よりもこだわったことで、ヴィーガンの方はもちろん、近隣に住む方や遠方からも多くのお客様にご来店いただきました。しかし大盛況だったのも束の間、1ヶ月も経たないうちに状況が暗転しました。労働環境にいたらない点があり、パンの製造を続けることができなくなったのです。オーナーとして閉店の決断を迫られる事態になりました。
誰かにとって“なくてはならない存在”に
ずっとポジティブ思考で生きてきた僕が、このときばかりはドン底まで落ち込みました。食事も喉を通らない。そんなときお客様からの動画メッセージが届きました。乳製品アレルギーで食べられるパンが限られるお子さんをお持ちの親御さんからでした。その動画には「またパン屋さん行きたいからやめないでね」「パン美味しかったよ」というお子さんからのメッセージが入っていました。それを見て、従業員みんなで号泣しました。
このお店が“なくてはならない存在”になっていたことを実感しました。世界を旅するヴィーガンの外国人が「ここのパンが世界一」「特別な場所だ」と言ってくれたことも思い出しました。ここはもともと収益を目的としてはじめたパン屋さんではありません。誰かの心を満たす場、食の選択肢を増やすためにつくった場であるということ。それを守りたい。なんとかしてがんばろうと協力してくれるスタッフがいて、新しいシェフの支えもあり、再び営業を開始することができました。一度離れたお客様を取り戻すことに当面は苦労しましたが、今では順調にお客様も増え、事業として軌道に乗ってきました。
経営者として社会課題の解決に寄与したい
18歳のとき、自分の人生は社会に役立てることに使うと決意しました。自分が死ぬときに、一人でも多くの人に「森さんと出会えてよかった」と思ってもらえるような行動をしていきたい。いま経営者として大事にしていることは、自分の夢を叶えながら、従業員の夢も叶えられる組織づくりをすること。そして事業で得た利益を使って、何かの社会課題に関わり、具体的な改善策を提案し、解決に寄与していくこと。それが使命だと思っています。
“30歳のうちにパン屋を開店する”という親との約束を果たすことはできました。この先は、“社会に貢献する”という自分の人生の目的を叶えるために行動していきます。「地球環境にも、動物にも、身体にも優しい」ことを、事業として成立させていく見込みは立ちました。いま掲げている大きな目標は「ヴィーガンのグループで世界を代表する企業になる」こと。枠にとらわれずパン業態以外にもさまざまなサービス形態を検討しています。世界中の人がヴィーガンといえば僕たちを思い出すような企業、新時代を象徴する経営者の一人になりたい。それを実現したときに、自分の人生をやりきったと思えるはず。いま32歳。まだまだたっぷり時間はあります。
- ヴィーガンパン専門店 Te cor gentil(テコールジャンティ)
- 東京都港区麻布十番2-18-8
- 03-6809-3230
この記事を書いた人
羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター
ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。
https://www.kotonoba.co.jp前康輔(まえ こうすけ) | 写真家
写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。
前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/