STORYストーリー

物語が積み重なる図書館のようなホテルを通して、人生に寄り添い、心穏やかな時間を届けたい。

  • TOE LIBRARY
  • 西尾吉朗
  • (にしおよしあき)

部屋に一歩足を踏み入れると、まるで異国に迷い込んだような錯覚を覚える。「TOE LIBRARY」はオーナー西尾吉朗さんのこだわりが隅々にまで反映されたホテルだ。「TOE(Tales & Original Experiences)」という言葉には、物語とオリジナルな原体験が生まれる空間を提供したいという西尾さんの想いが込められている。宿泊部屋は、旅の記憶や読んできた書籍、軸となるアンティーク家具などが持つ背景から「パリ郊外の本好きの隠れ家」「イギリスの港町にある映画館」「イタリア北部の山間地域の古民家」といったイメージが設定され、西尾さんが集めた蔵書と家具で、細部にいたるまでコーディネートされている。異世界を旅する雰囲気と非日常な空間を求めて、国内はもちろん海外からも多くのお客様が訪れ、リピーターが着実に増えている。「TOEには“問う(見つめ直す)”という行為と、一歩を踏み出す“つま先”の意味合いも込めています」と語る西尾さんにとって、これまでの人生を表現する集大成の場でもあり、やりたかったことをもっと叶えていく出発点のような場にも見えた。西尾さんに「TOE LIBRARY」をはじめるまでの物語と、そこからはじまる物語を聞かせていただいた。

子どもの頃の読書や表現活動が原点

名古屋市郊外の一戸建てで、犬や猫など動物に囲まれて育ちました。友達と外で遊ぶ毎日でしたが、小学3年生の夏休み前に、リスのイラストに惹かれて図書館でふと借りた、児童文学の『グリックの冒険』を読み、物語の世界に引き込まれました。家飼いのリスであるグリックが、窓辺を通りかかったネズミから、森で生き生きと暮らす野生のリスの話を聞き、自由な暮らしや仲間との出会いに憧れて冒険に旅立つ物語に胸が躍りました。初めて分厚い本を読み終えた達成感とともに、頭の中で場面を想像しながら読み進める小説の楽しさに目覚めたきっかけでした。そこから中学時代にかけて、村上春樹の小説、宮沢賢治の詩集、幕末の時代小説や冒険家の植村直己の伝記など、独自の表現や挑戦を続ける人の物語に夢中になりました。自身でも詩や漫画の創作や朗読、合唱の指揮者などに取り組む中で表彰をいただく機会もあり、表現の楽しさを知り没頭する時期でした。

その後、自由な校風の高校に進学しました。流行に敏感で社交的な同級生たちと楽しく過ごし、部活のラグビーに勤しむ一方で、読書や小中学生時代に取り組んでいた表現活動とは少しずつ距離が生まれ、自分がごく普通の高校生であることを自覚する毎日でした。高校三年生の夏休み頃からは、受験勉強の合間に、読書を再開すると共に、気分転換で、雑誌や新聞の文芸やイラストの公募投稿を始めました。そのような時間が、自分を見つめなおすきっかけとなり、文学やカルチャーが息づく街で暮らしてみたいという思いが募り、京都にある大学を受験することにしました。慣れ親しんだ故郷を胸に、誰も知らない街を、自分の足で歩いてみたかったのかもしれません。

学生時代、京都で得たもの

京都の大学への進学が決まり、学部選びに迷う中で、「おじちゃん」と呼ばれ親しまれ、小中学生時代にお世話になった塾の先生に相談しました。昼間は鉄鋼会社を営み、夜には勉強を教えながら人生を熱く説いてくれた恩師です。「好きな文学は自分で探究できる。視野を広げ人間を深く知るためにも、社会や経済の原理を一度学ぶといい。きっと合っていると思うぞ。」その言葉を信じ、経済学部を選びました。大学時代は友人達と、狭いアパートや深夜のファミレス、鴨川のほとりや京都御所のベンチでたくさん語り合いました。今でも人生や仕事について相談し合える仲間と出会えたことは学生時代の貴重な財産です。また、伝統と新しい文化が混じり合い調和する京都の街や、山々に囲まれて、鴨川や糺の森など自然が身近な環境に感化されながら、読書や創作に時間を委ね、街の書店や蚤の市を巡った日々は今の自分をつくる基礎になりました。

一方で、何者にもなれず時間が過ぎていくことへの焦りと漠然とした不安を、変わらず感じていました。そんな時に救ってくれたのが本でした。志賀直哉の『暗夜行路』もそのひとつ。人生の悲劇や喪失に、悩み惑いながらも歩み続ける主人公の姿に励まされました。興味のあることを試す中、恩師への憧れも重なった塾講師のアルバイトに多くの時間を注ぎました。一喜一憂しながら勉強に向き合う生徒に、伴走する数年間を通して「誰かの可能性を信じられるのなら、もう少し自分の可能性も信じてみてもいいのかも」と自分を肯定できる時間が増えてきました。そして、頑張っている人や想いが込められたモノやコトの可能性を広げることに喜びを感じると気づきました。卒業後は、幼い頃から好奇心の芽を育て、数々の場面で心の支えになってくれた、「本」の魅力を世に伝え、読者に届けていく仕事。本の取次会社で働くことになります。

好きなものに囲まれた空間をつくり、分かち合う楽しさ

本の取次会社では6年間働きました。新人時代は、担当書店の現場を支える本のバイヤーや、フェア企画やPOP制作を通して本の魅力を読者に伝える販促を担当。3年目より経営企画部にて、経営管理や事業開発など、会社を数字で支え将来の芽を育てる仕事を担当しました。時に重圧を感じながらも仕事の醍醐味を知り、キャリアの土台となる経験を積めた時期でした。本好きの同期や先輩とも出会い、読んだ本や訪れた書店の感想を語り合い、本や書店の未来を議論する時間も、今を形づくる大切な思い出です。また、研修や応援で訪れた物流施設の仕事も仕事観の土台になっています。書架とベルトコンベアが巨大な迷路のように張り巡らされた建物の中で、一冊の本を読者に届けるために、先端技術と人の手が緻密に連携し絶え間なく交差する。数えきれない知恵や工夫と、地道な作業の積み重ねから、日常が紡がれていることを心に刻む経験となりました。

その後、住宅メディアに転職をして、広告宣伝や商品企画を担当するプランナーになりました。転職のきっかけは、好きな本や古道具を自由に飾れる部屋と暮らしに憧れて、中古マンションを購入しリノベーションをしたこと。もともと古道具や古民家を改装したカフェなどが好きで、学生時代から縁のある京都はもちろん、さまざまな街を旅行で訪れる度に、骨董市や古道具のお店に足を運び、気に入ったものを購入してきました。壁を塗ったり、本棚をつくったり、ときには友だちに手伝ってもらいながら、自分の好きな空間をみんなと分かち合いながら育てていく時間はとても楽しい。同じように、その人らしい家を見つけられるお手伝い、楽しい暮らしの発見を広げる仕事に興味を持ちました。いったん本の仕事からは距離を置くけれど、多様な経験を積むことは、もしも本や出版の世界に戻ってきた時にきっと役立つと思いました。

人と本の物語が集まる図書館

転職後もさまざまな経験を積み、責任あるポジションを任せていただき意欲的に仕事をする中で、頭の片隅では、「いつかブックカフェをはじめてみたい」、「本を通して社会と繋がれる取り組みに挑戦してみたい」という想いが浮かび、ひっそりと温めていました。それが芽を出したのは、2016年のヨーロッパ旅行中のこと。パリのセーヌ川沿いにある「Shakespeare and Company」という、カフェと宿泊施設を併設した書店と出会ったときです。世界中から文学を志す人が集まってくる場所で、書店だけでなく小さな図書館があり、本に囲まれた空間で泊まることもできる。「自分はこういうことがやりたかったんじゃないか?」。セーヌ川のほとりを歩きながら考えていて、ふと「TOE(Tales and Original Experiences)」のコンセプトが頭に浮かびました。

人や本の物語が集まり、その人の原体験になりうる場所がつくりたい。ホテル(HOTEL)ではなくライブラリー(LIBRARY)としたのは、物語が集まり積み重なる場所にしたいから。コンセプトが明確になってからは、国内外を旅しては、本のある空間、カフェやホテルを巡り、イメージを膨らませていきました。2017年には、縁あって浅草の古いビルを購入。休日を利用して少しずつ準備を進めました。当初のオープン予定は2020年春でしたが、コロナ禍と重なり8月に本格オープンを延期。外出制限は続いていましたが、関東圏にお住まいの方を中心にリフレッシュやステイケーションにご利用いただいたり、会って話すことが貴重な機会となる中で、大切な人の記念日のお祝いや、親しい友人との再会の場としてご利用いただきました。経営は依然苦しい状況でしたが、お客様の穏やかな表情に心が救われると共に、心穏やかに過ごせる時間や場所を、つくり届けていこうと思える原動力になりました。

物語を受け継いでいくということ

客室は全部で4室です。これまでの旅の記憶や、それぞれの部屋の核となる書籍や家具が持つ物語からコンセプトを導き、自身の蔵書や、集めてきた雑貨や古道具、ヨーロッパや京都のヴィンテージ家具でインテリアを組み立てていきました。過去のリノベーションと同じく、多くの壁も自分たちで塗りました。家具が好きなきっかけを思い返すと、祖父が家具屋兼大工を営んでいた影響があると思います。幼少期には大きなテーブルやタンスが居並ぶ家具屋の売り場をうろちょろしていました。父親も自分自身で図面を描き、親戚や友人の建築士や大工の協力を得て、自宅の改装工事をしていたのですが、天井が低いとか、階段が急すぎるとか、母親から愛のあるダメ出しをよく貰ってました。子どもの僕の目からもお世辞にも上手とは言えなかったですが、知恵を絞って手間をかけて、自分の手で作るものって愛着が生まれるんですよね。今になってその気持ちがよくわかります。

古道具やヴィンテージの家具たちは、それぞれが物語を内包しています。時には、その物語を受け継がせていただくことも。たとえば最上階の客室のベッドルームに飾っている、ぼんぼりのようなデザインのペンダント照明は、京都にかつて存在した京町家を改装したゲストハウスから受け継いだもの。15年程前に京都に旅行に訪れた際に、偶然仲良くなった同年代のゲストハウスのオーナーがいまして、その後も京都を訪れる度に食事をしながらよく語り合っていました。ちょうど僕がTOE LIBRARYの内装などの準備を進めていた時期に、彼が以前より興味のあった農業の道に進むことに決め、ご家族で香川に移住することになりました。ゲストハウスを閉じるタイミングで彼の元を訪れた際に、「宿を始めるなら、おばあちゃんから受け継いだこの照明を貰ってくれへん?」と、その照明を譲り受けました。

お客様にとっては大切な一生の一日

彼とは会う度にお互いの仕事についてもよく語り合いました。今でも忘れられない言葉があります。「お客様をお迎えすることは、僕ら宿を営む者にとっては毎日の出来事だけど、お客さんにとっては1年に1度、海外のお客さんなら一生に一日のことかもしれへん。そう思って僕はお客さんと向き合ってる」と。彼から譲り受けた照明と共にその言葉を受け継ぎ、胸に刻みながら、僕たちも日々、お客様をお迎えしています。新しく仲間に加わってくれたメンバーにも、TOE LIBRARYが大切にしていることとして、語り継いでいるメッセージです。

2024年の夏には、古民家を改装したブックカフェ「TOE LIBRARY PARC」を、近隣にオープンしました。宿は大切な人や自分自身と向き合う空間、一方でカフェは地域の人や興味を持ってくれた方がより気軽に訪れることが出来る開かれた空間として、新たな出会いやつながりを生み出す場にしていきたい。そんな想いからフランス語で公園を意味する「PARC(パルク)」を店舗名に入れました。宿とカフェは共通のスタッフで運営していて、各メンバーとのシフトのやり取りに『Airシフト』を活用しています。画面を見て直感的にシフトを組めるところが使いやすく、スタッフへの連絡や共有も『シフトボード』のアプリのおかげで、年代問わずとてもスムーズです。日程調整に関する負担が双方ともに減るので、チーム全体でお客様と向き合う時間を増やすことにつながっています。

お客様や仲間とともに、物語を積み重ねていく

この場所から新しい物語も生まれています。東京にお住まいのとある女性がお一人でご宿泊くださって、チェックアウトの際にお手紙をいただきました。「故郷の街から家族や友人と離れて、仕事で東京に引っ越してきて、なかなか環境に馴染めず悩んでいたけれど、ここに泊まって落ち着いた時間を過ごすことで、自分の気持ちに素直になれました。また前を向いて歩いていけそうです」という心のこもったお手紙でした。その後も、お友達と一緒に、さらには故郷にお住まいのパートナーさんと一緒に訪れてくださって、お会いする度に、表情が明るくなっていく。その様子に僕たちも本当に励まされましたし、縁が積み重なっていくことに喜びを感じました。

今までもこれからも、お客様の思い出が宿り、ひとりひとりの物語が静かに積み重なっていく図書館のような存在であれたらと思っています。そして、日常からひととき離れ、自身を見つめ直し、大切な原点を思い出したいとき、時間や思い出を大切な人と分かち合いとき、「TOE LIBRARY」を思い出し、訪れていただけたら嬉しい限りです。近い将来には、浅草を軸足に置きながらも、「TOE LIBRARY」の取り組みを、チームの仲間達やご縁のある方とともに、少しずつ色々な街へ広げいきたいと考えています。その街に暮らす人や、旅で訪れた人たちが、それぞれの時間を積み重ねていける空間や居場所をつくり、一緒に物語を紡いでいくことを想像するだけで、とても楽しみです。

  • TOE LIBRARY
  • 東京都台東区浅草7-6-4 TOE浅草
  • 03-6260-9209
※この記事は公開時点、または更新時点の情報を元に作成しています。

この記事を書いた人

執筆

羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター

ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。

https://www.kotonoba.co.jp
撮影

前康輔(まえ こうすけ) | 写真家

写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。

前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/