STORYストーリー

地域の誇りとなる100年ブランドを仲間とつくり銚子を世界一“チョウシイイ”まちにしたい。

  • 銚子ビール藤兵衛醸造所
  • 佐久間快枝
  • (さくまよしえ)

千葉県の東端に位置する銚子は江戸時代から醤油の銘醸地として、また東北からの食糧を江戸へ運ぶ利根川水運の中継地としても栄えていた土地だ。全国屈指の水揚げ量を誇る銚子漁港に出入りする人、観音巡りをする人で通りも賑わっていた。佐久間快枝さんは、銚子で200年以上続く料理屋「藤兵衛」の娘として生まれた。「藤兵衛」は地域の冠婚葬祭や宴会の会場として利用されることも多く、小さな頃はよくお店を手伝っていたそう。好奇心旺盛で海外への憧れが強かった佐久間さんは、高校を卒業し、アメリカの大学に留学。卒業後は複数の会社で組織や事業の立ち上げに携わり、国内外で忙しい日々を過ごしてきた。難しいプロジェクトを成功させ、その後出産。久しぶりに故郷の銚子に帰ってきた佐久間さんは、あれほど賑わっていた沿道がシャッター街になっていることに衝撃を受ける。生まれ育ったこの地にかつての元気を取り戻したい。そこから、地域を盛り上げるきっかけを作るブランド「銚子ビール」の構想がはじまる。

賑わうお店を手伝うことが好きだった

わたしが小さな頃、銚子は元気でした。商店街にも活気があり、実家の「藤兵衛」も食事のお客様はもちろん、結婚式や七五三のお祝い、地域の寄り合い等で、いつも賑わっていました。わたしは三姉妹の次女として生まれ、手伝いでよく店内を駆け回っていました。当時、「藤兵衛」は祭りの御神輿の出発点で、地域の大事な場所。古くから続くこのお店のことが大好きでした。でも両親は「藤兵衛」を次の代に継がなくてもいいと考えていたようでした。でも、わたしには漠然と、このお店を未来に残していきたい思いがありました。一方で、両親に連れられて近くの成田空港まで飛行機を見に行く機会が多く、海の向こうにある世界、海外への憧れも抱くようになっていきました。

いつか起業したい。そのための準備から

三姉妹とも好奇心が旺盛で、知らないことがあれば知りたい、見たことのない世界を見てみたいと思うタイプ。高校生のとき、銚子の姉妹都市であるアメリカのオレゴン州の町に交換留学をさせてもらう機会があり、アメリカの自由な空気に憧れを抱きます。両親を説得して、アメリカの大学に入学。留学生活で学んだことは、自由であるからこそ、「自分から動かなければ何もはじまらない」こと。大学を卒業し、就職のタイミングで考えたことは、いつか起業することを目標に、その方法論や考え方が吸収できる環境に身を置くことでした。親が自営業だった影響もあり、自分もいつか起業をしたいという思いがありました。そこで最新のビジネスモデルを展開していた日本にある外資IT企業に就職。小さな部署の立ち上げを軌道に乗せ、そこから複数の企業に転職し、組織や会社の立ち上げに次々と関わりました。中でも、当時開発されたばかりのポータブルトイレの事業拡大とブランディングには長く関わることになりました。

あんなに元気だった銚子が衰退していた

それは介護や防災の業界にパラダイムシフトを起こす画期的商品でした。しかし業界には古い慣習が残っており、事業を軌道に乗せるまで気がつけば十数年かかってしまいました。日本だけでなく海外へも普及させるため、商談で世界を飛び回る日々でした。苦労も多かったですが、今ではヒット商品となり、ブランドも確立できました。これまでずっと仕事に熱中し、全力で駆けてきましたが、ようやく自分のために時間を使う余裕ができました。そして、40歳を超えて子どもを出産します。そのタイミングで、久しぶりに故郷の銚子に帰ってきました。そこで目にした商店街の風景に愕然とします。通りに人気(ひとけ)がなく、シャッター街となっている。何よりショックだったのは、あんなに賑わっていた「藤兵衛」に少しのお客様しか来なくなっていること。銚子を盛り上げないといけない。自分から動かなければこの状況を変えることはできないと思いました。

ビールはみんなをつなぐツールになる

自分が生まれ育った地域を元気にする。そのために何をすればいいだろう。銚子で行われたUIターン向けの創業セミナーに出席しました。ワークショップでアイデアを出し合っていたとき、数年前にアメリカの田舎町で出会ったクラフトビールを思い出しました。人口1万人ほどの小さな町でしたが、どこに行けばよいか聞くと、みんなが口を揃えて地元の醸造所を勧めてきます。もともと自家製ビールを作る文化のあったアメリカですが、気がつけばクラフトビールが大流行していました。醸造所には大人も子どもも楽しめる憩いのスペースがあり、地域の自慢の場所になっている。これだ! ビールは地域と人、人と人をつなぐツールになる。クラフトビールで実家の「藤兵衛」も、地域の飲食店も盛り上げて、銚子に来る人にも楽しんでもらおう。銚子を元気にするコンテンツのひとつになればいいという想いから、「銚子ビール」の構想がスタートします。

どうすれば実現できるかだけを考えて

これまで様々な企業で組織や事業の立ち上げに携わってきたことは、いつの日か起業するための準備期間。ようやく「どうしてもやりたい!」と自分自身が思う事業を立ち上げるときがきました。とはいえ地方で新しいことに挑戦することは、簡単ではないことはわかっています。地元の飲食業関係者の理解、クラフトビールの生産体制の確保、手伝ってくれる仲間集め、応援してくれるお客様づくり等々。でも、できない理由を探すのではなく、「どうすれば実現できるか」だけを考えて突き進みました。「銚子でうまくいくわけがない」と言う声もありましたが、そんな先入観は壊していけばいい。理解してもらえるように何度でも真摯に説明すればいい。多くの人に届くように発信すればいい。わたしは困難があればあるほど、逆に「やってやるぞ!」と燃えるタイプです。次第に共感してくれる仲間や、応援してくれるお客様が増えていきました。

多くの支援を受けたブランド拠点が完成

2017年に最初の商品となる「銚子エール」の販売を開始。2020年10月には犬吠埼灯台近くの商業施設内に「銚子ビール犬吠醸造所」をオープンしました。「銚子を盛り上げたい!」という想いに共感してくれて、看護師から醸造士に転身した地元の若いパートナーと二人三脚で、銚子ならではのクラフトビールづくりに取り組んでいます。「銚子ビール」はSNS等での発信を積極的に行い、少しずつ認知があがってきました。でも犬吠醸造所は300リットルのタンクひとつ。醸造量に限りがありました。もっと多くの方にお届けできるよう、タンクを5本増やし、新たに缶ビールの生産体制も整えるためクラウドファンディングを実施しました。その新しい醸造所は、実家の「藤兵衛」をリノベーションして作る計画を立てました。応援していただけるか不安はありましたが、蓋を開けてみれば、支援者は地元の顔のわかる知り合いや、名前を知っているお客様がほとんどでした。銚子に新しい風が吹くようになってきた。その手応えを感じました。目標金額を達成し、ブランドの拠点となる「銚子ビール藤兵衛醸造所」を、2023年5月22日にオープンしました。ここには醸造所と飲食できるスペースが併設されています。地域の人と、観光で来た人が交流できるような場、ビールを通じて人と人をつなぐ場になります。

店舗にはAirレジとAirペイを導入しています。比較検討もしましたが、導入費用が抑えられることと使い勝手のよさから、これしかないと思いました。Airレジは売上データが蓄積され、カンタンに参照できるので、経営で欠かすことのできない分析ツールになっています。Airペイで多様な決済に対応していくことも、今の時代には必要です。

銚子を世界一“チョウシイイ”まちに

料理屋ではないけれど、思い描いていたように、200年以上続く「藤兵衛」の名前を継承する場を作ることができました。わたしは最初から「銚子ビール」を100年続くブランドにしたいという想いで立ち上げています。人の命に限りはあっても、ブランドの命は無限です。わたしはその価値を「藤兵衛」を通じて感じてきました。だからこそ想いを持って「銚子ビール」ブランドを確立させていきます。

醸造量を増やすだけでなく、しっかり事業として儲けが出せるようにすることが当面の目標です。そこから地域の新たな雇用の創出や、さらなる事業を立ち上げていく可能性も生み出したい。「銚子ビール」は2022年に国際的な賞である「World Beer Awards(イギリス)」を受賞しました。ビールは新しくはじめた人でも、世界に挑戦できるのが面白いところ。今はどんな小さな町でも、発信すれば世界に情報を届けることができます。銚子の魅力を知ってもらい、わざわざ来てもらえるような町にしたい。そのきっかけをつくる存在になりたい。まだまだスタート地点に立ったところ。ここ数年が勝負だと思っています。みんなで銚子を世界一“チョウシイイ”まちに。共感する仲間をどんどん増やし、地域のブランディングを担う新しい世代も育てていきたいですね。

  • 銚子ビール藤兵衛醸造所 -Choshi Good Beer Cafe-
  • 千葉県銚子市垣根町1-280-
  • 0479-21-3986
※この記事は公開時点、または更新時点の情報を元に作成しています。

この記事を書いた人

執筆

羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター

ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。

https://www.kotonoba.co.jp
撮影

前康輔(まえ こうすけ) | 写真家

写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。

前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/