STORYストーリー

団地の暮らしに根づいた持続可能性のある「新しい本屋のかたち」を模索したい。

  • BOOK STAND 若葉台
  • 三田修平
  • (みたしゅうへい)

2022年8月、横浜市旭区の若葉台団地内に、書店「BOOK STAND 若葉台」がオープンした。店主の三田修平さんが目指したことは、団地でも持続可能な「新しい本屋のかたち」を模索すること。この20年間で全国の書店数は半分以下に減っている。一方で、個性的な本屋さんをはじめる人も全国に現れはじめた。「新たな本屋さんのスタイルを模索する人が増えてきました。でも利用者が限定される団地のような場では、新しいトライをすることが難しく、本屋という機能も失われつつあります。団地ならではの本屋の可能性もあるんじゃないかと思ったんです」。BOOK STAND 若葉台は、新刊書、古書、ミニコミ誌、雑貨の販売に加え、ドリンクスタンドも併設することで、住人に気軽に立ち寄ってもらえるお店づくりと同時に、書店好きや本好きが、遠くからでもわざわざ足を運びたくなるような個性的なスタイルも追求している。「団地での新しい本屋のかたちを定着させれば、他の団地にも応用可能になる。それが40代のチャレンジですね」と語る三田さんに、本との出会いや、本屋として実現したいことについて話を聞いた。

本は新しい世界と出会うきっかけ

僕が本を好きになった時期は遅く、大学生になってからです。もともと会計士を目指していて、金融や経済の世界に触れるため、高杉良さんのビジネス小説を読み始めたことがきっかけです。気がつけば物語に夢中になっていました。知らなかった世界と出会わせてくれる本の魅力、小説の楽しさに気がつき、いろいろな作家の小説を読みあさるようになりました。次第に自分が経験したことと同様に、「人と本とが気軽に出会うきっかけをつくりたい」と考えるようになり、ブックカフェのアイデアを思いつきました。20年前は本屋とカフェが併設された店舗はほとんどなく、「これは発明だ!」と思ったのですが、調べると既にやっているお店がありました。それがTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現・六本木 蔦屋書店)です。ブックカフェを自分で始めるにしても、本の知識も飲食の知識もなかったので、まずは「働きながら学ぼう」とアルバイトに応募しました。

「編集」で思いがけない出会いを

TSUTAYA TOKYO ROPPONGIでとてもお世話になったのは、ブックディレクターの幅さん(幅 充孝氏)です。従来の本屋は文芸、ビジネス、実用といった書籍のジャンル別や、文庫、新書といった括りで棚づくりをすることが当たり前でしたが、たとえば「インド」といったテーマを決めて関連する書籍を多ジャンルからかき集め、思いがけない出会いを生み出す「編集」という考え方に大きな影響を受けました。幅さんには書店員として働く場所もいくつか紹介してもらいました。SPBS(Shibuya Publishing & Booksellers)もそのひとつ。出版社と書店の融合というコンセプトではじまった店舗の立ち上げ店長になり、本の販売だけでなくイベントやワークショップを毎週のように企画して開催してきました。イベントをつくることも、お店の棚をつくることも、アウトプットの形が違うだけで「編集して人に届ける」ということでいえば同じ。SPBSでは、本に限らず、人物、雑貨、飲食といった複数のものを「組み合わせて伝える」ことを学びました。

リアルな書店ならではの価値を

30歳までに自分のお店を持つことを目標に、書店での経験を積んでいきました。でもSPBSで4年間店長をして、書店を経営していく難しさも身にしみてわかりました。それでもリアルな本屋さんがやりたかった。「ネット検索では出会えない思いがけない世界と出会えること」がリアルな本屋の楽しさだし、「人と本とが気軽に出会うきっかけをつくりたい」。それが本屋さんという仕事を選んだ原点です。発想を広げて、移動式のお店で自分から外に出向いていくことで、本との新しい出会いの場をつくれたらいいんじゃないか、と考えました。

本との出会いを欲している人がいた

2012年、29歳で、移動式本屋「BOOK TRUCK」を開業します。手はじめに知人の編集者に紹介してもらったイベントで出店をしました。棚を配置して、本を並べるだけでも大変で。開店までに体力を消耗しヘトヘトに。でも、イベントが始まれば、お客さんが集まり、すごく面白がってくれました。本もよく売れて、嬉しくて、疲れも吹き飛びました。「本と出会う場を欲している人がいる」という大きな手応えをつかみました。幸いに声をかけてくれるイベントは多く、森や湖のほとり、キャンプ場といった自然のある場所や、都市部のさまざまな場所で出店をしてきました。小さな子からシニア、外国人まで幅広い方が楽しんでくれています。これまで本に興味のなかった人も、振り向いてくれるきっかけをどんどん作りたい。2022年からは新たな展開としてアーティストのYOASOBIとのコラボもはじまり、ツアーに併走しています。こちらから出向いて本との出会いをつくるBOOK TRUCKは、ライフワークとして今後も続けていきたい活動です。

子育てする街に本屋がなくなった

2017年、結婚して子どもが生まれ、若葉台団地に住み始めました。もともと近くの左近山団地の出身なので、団地に住むことには馴染みがあります。当初は大手チェーンの書店があったのですが、閉店になってしまいました。続けて花屋さん、パン屋さんも。子育てする街に文化的な匂いがするものが、次々なくなっていくことが悲しかった。でも利用者の限られる団地で書店を経営する難しさも理解していました。だから地域の本好きコミュニティから「書店をやってみませんか」と声をかけられたときも、従来どおりのやり方では経営は成り立たないと思いました。でも「団地の新しい本屋のかたち」にトライしている人がいなかっただけかもしれない。持続可能なやり方を考えて、団地や管理会社のみなさんとも議論をして、地域に求められている機能を補完するような本屋の在り方を模索していきました。ちょうど30代後半にさしかかるタイミング。40代の自分のチャレンジになる仕事です。

利便性と個性のバランスを取りながら

「2022年8月、地域のコミュニティセンターなど様々な方にもご尽力いただきBOOK STAND若葉台をオープンします。団地で持続可能なスタイルとして、利便性と個性を追求していくことを考えました。本屋としての利便性を確保するために新刊書を取り扱い、同時に古書、雑貨を組み合わせ、ドリンクスタンドを併設することで利益率を高める工夫をしました。団地内にはカルチャースクールや地域のサークルも多く、その趣味に関する本も求められます。より団地の人々の暮らしに根付いた便利な本屋の在り方を模索していきたいと思っています。一方で、本屋としての個性も追求していきたい。遠くからでもわざわざ足を運びたくなるような、魅力的な棚づくりをしたり、他ではなかなか手に入らない自主制作の個性的なミニコミ誌を扱ったり、本屋さん巡りをしにくるお客さんを満足させるような本屋でもありたい。利便性と個性、ちょうどいいバランスにするのは難しいところですが、その追求が、持続可能な本屋であるためには欠かせないと思っています。

BOOK TRUCKはほとんど1人で運営してきたのですが、ここでは複数名のアルバイトを雇っているので、シフト管理のためにAirシフトを導入しました。最初エクセルで管理していたのですが、作業に時間がかかりすぎました。Airシフトはカンタンにシフトが組めて、タイムカードも打刻できます。正確な給与計算もできて助かっています。

新しいかたちの団地の本屋をつくる

本屋があることで団地全体にどう貢献できるか。まちづくりという観点でも、本屋の新しいかたちは考えられると思っています。「誰でも気軽に集える場所をつくりたい」ということは、まちづくりをしている人が考えているテーマです。その役割を本屋が担い、街として必要な機能を兼ね備えた場所をつくれば、資金面も含めた持続可能な「新しい本屋のかたち」を定着させられるのではないかと考えています。ここで成功事例を生み出せば、他の団地でも応用が可能になるはずです。住む街に本屋があるということが当たり前じゃなくなっている今、本屋がある街に住んでいることで豊かな気持ちになれることを発信したい。「散歩する楽しみが増えたわ」「ここに本屋さんがあってよかった」と直接声をかけていただくことも多く、大きな励みになっています。本屋は知らない世界とふいに出会うことのできる場所。書店員としての様々な経験を活かしながら、「新しい本屋のかたち」の最適解を見つけたいと思っています。

  • BOOK STAND 若葉台
  • 神奈川県横浜市旭区若葉台3-5-1
  • 070-8532-3643
※この記事は公開時点、または更新時点の情報を元に作成しています。

この記事を書いた人

執筆

羽生 貴志(はにゅう たかし) | ライター

ライター。株式会社コトノバ代表。「コトのバを言葉にする」をコンセプトに掲げ、いま現場で起きていることを、見て、感じることを大切に、インタビュー記事や理念の言語化など、言葉を紡ぐことを仕事にしています。

https://www.kotonoba.co.jp
撮影

前康輔(まえ こうすけ) | 写真家

写真家。高校時代から写真を撮り始め、主に雑誌、広告でポートレイトや旅の撮影などを手がける。 2021年には写真集「New過去」を発表。

前康輔 公式 HP http://kosukemae.net/