季節商品でリピート客を獲得。ユニークな老舗和菓子屋の商品開発
四季の移り変わりがはっきりしている日本では、さまざまな店舗に季節限定商品が並んでいます。消費者にとっても毎年楽しみな季節限定商品。季節感を取り入れた商品開発はもはや必要不可欠と言えるかもしれません。
しかし、ひと口に季節限定商品といっても、お客さまに求められるものを作り続けることは、簡単なことではありません。そんななか、季節限定商品を続々と開発することで売上を伸ばしてきた老舗和菓子店が、神楽坂にふたつの店舗を構える「梅花亭」です。季節限定商品がリピーター獲得に一役買っているとお話しする梅花亭の店主・井上さんに季節限定商品開発にかける思いやアイデアの生み出し方などをたずねました。
この記事の目次
1935年創業の老舗和菓子店
井上さん(以下、井上):梅花亭は私の祖父が1935年に創業した和菓子販売店です。創業当初は新宿の十二社に店を構えていましたが、戦後は池袋に移転。60年間同じ場所で営業した後、13年前に神楽坂に移ってきました。
祖父のあと、父、叔父と店を受け継ぎ、3年前から私が4代目を務めています。幼いころから、いつも生活のなかには和菓子の存在があり、高校生のときにはすでに店の手伝いをしていました。私は子どものころから絵を描いたり工作をしたりするのが得意だったので、手先があまり器用ではなかった3代目の叔父に頼まれて、繊細な作業が必要な上生菓子に関わる作業を頼まれていたんです。だからこの世界に入ったのはとても自然な流れでした。
井上豪(いのうえ・たけし)
御菓子司 神楽坂梅花亭・4代目。美術大学で油絵を専攻したのち、梅花亭に入社。定番の和菓子はもちろん、ものづくりが好きな心が高じ、独創的なアイディアの光る和菓子をつくる。
日本の暦「二十四節季」を表現する和菓子
井上:今、店舗に並べている商品は常時約40種類。トラディショナルな定番商品をはじめ、季節限定商品やオリジナルのアイデア商品までさまざまな取り扱いがあります。かつて和菓子は、折詰を格式高い贈答品として使うイメージが強かったのですが、90年代以降は個人のお客様が自宅用に好きなお菓子を数点選んで買っていくことが増えました。そのため、季節限定商品やオリジナル商品の開発の必要性が高まっているんです。
和菓子なかでもとくに上生菓子は昔から季節を表現することが重要視されてきました。というのも、上生菓子が茶道の主菓子として使われることを前提に生み出されたものだからです。
茶会は季節ごとの自然の移ろいや趣を共有するための場。上生菓子はそこで「暑い夏が近付いてきましたね」「紅葉が美しく色づいていますね」といったメッセージを具現化して提供する役割を果たします。
梅花亭では、12か月をそれぞれ半分に分けた日本の伝統的な暦「二十四節季」に合わせて上生菓子のデザインを変えています。
「季節ごとの趣を愉しむ」という感覚は、日本人特有のものなのではないかと思います。先日、イギリスで講演をする機会があったのですが、自然の移り変わりを表現したり感じ取ったりする文化にはあまり馴染みがないのだということを実感しました。
一方日本には、茶道以外にも俳句をはじめ季節を表現する文化が根付いています。これは昔から、人間も自然の一部だという感覚が受け継がれているからでしょう。たとえば日本庭園とイングリッシュガーデンを見比べてみるとその違いは歴然です。日本庭園が自然そのものの姿を活かして必要最低限の造成にとどめているのに対し、イングリッシュガーデンにはデザインをシンメトリーにしたり、雑草が生えないようにしたりと、人為的な部分がほとんどです。
自然に抱かれて共生しているという価値観が根付いているからこそ、日本人は季節の移ろいや趣を愉しみ、そこに心地よさや安心感を感じられるのだと思います。
また、和菓子は食べ物です。お客様には見た目だけでなく、味でも季節感を感じてもらいたいと思っています。そのため、旬の食材をできるだけいい状態で用いることには、とてもこだわっているんです。
たとえば、秋の限定商品である「栗きんとん」や「栗蒸しようかん」に使っている栗。栗は皮をむくとすぐに風味が飛んでしまうので、翌日までに直送してもらい、すぐ蜜に漬けるようにしています。
さらに、5年ほど前からは「クリスマス」や「ハロウィン」など、海外のイベントに合わせた季節限定の上生菓子も販売しています。そもそも和菓子は、季節ごとの行事に沿って商品展開をしていくのが一般的です。
かつては「正月」や「七五三」など伝統的な行事に合わせたものでしたが、現在の日本では海外の行事も、とても身近なものになっているし、多くの人が楽しんでいます。だから、クリスマスやハロウィンをテーマにした和菓子は注目を集めるのではないかと考えたんです。実際、ハロウィン限定の上生菓子は毎年大人気で、売上にもかなり貢献しています。
季節限定商品はリピーターの獲得に繋がる
井上:季節限定商品は、お客様の購買意欲を高める効果があると思います。たとえば、来客用のお茶請けとして何か和菓子を買いたいというように、特定の商品を求めているわけではないお客様にとっては、「季節限定」であることは、商品を選ぶひとつの理由です。
また、商品に入れ替わりがないと「いつも同じ商品しか置いていない」という印象を持たれて、飽きられてしまいかねません。訪れるたびに目新しい商品があれば、定期的に来店してくださるようになり、徐々にご贔屓にしていただけることもあります。実際、季節限定商品が入れ替わるたびに買ってくださっていたお客様が、特別な行事があるたび、贈答品として当店の折詰を選んでいただけるようになりました。
季節限定ならではのストーリーを感じてもらう
井上:さらに「二十四節季」に合わせたデザインや旬の食材をどのように用いているかなど、お客様にお話しながら販売できることも季節限定商品ならではの魅力です。商品にこめられたストーリーを知ると、お客様の満足度が大きく変わるように思います。きっとよりおいしく感じられるのでしょう。
なかにはそのストーリーに感動して、ご自身の家族や友人を連れて店を再訪してくれる方もいるんです。そうやって、お客様の輪が広がっていくことも、季節限定商品を販売するひとつのメリットだと思います。
自然のなかから季節限定商品のアイデアを練る
井上:私は製菓学校で、生菓子はもちろん、焼き菓子から餅菓子まで、さまざまなバリエーションの基礎を習得。先代までは教育機関で技術を学ぶことはなかったので、梅花亭に新風を吹き込みました。事実、新たな商品を開発するうえで、知っているバリエーションの多さはとても役に立っています。
実は、店の手伝いをしていた高校生のころから、季節ごとの意匠を考えてはノートに描きためていたんです。先代が比較的自由な考えの人だったので、実際にアイデアを取り入れてもらったこともあります。そして本格的にこの世界に入ってからは、ますます季節限定商品の開発に力を注いできました。
歳時記を参考にしながらその季節に合うテーマを見つけ、具体的な意匠は自然を眺めて考え出すことが多いです。スケッチをしながら、形や色合い、季節ごとの表情など、多くのことを学んでいます。アイデアの源泉となる対象はさまざまで、和菓子のデザインとはまったく関係のなさそうなものでも、観察したり描いたりしているうちに、参考にできる部分が見つかることもあります。
実際にアイデアを商品に落とし込むときは、スケッチに描かれた対象を分解し、和菓子のデザインとして再構成していきます。これは、大学で学んだ洋画の技術の応用です。デザインの方向性が決まったら、さっそく試作を始めます。
和菓子のデザインは、平面的な視点で立体を作っていく作業です。大切なのは「表」から見たときどれだけ美しく見えるかどうか。たとえば、上生菓子の「裏」から見ても、ただのあんこのかたまりにしか思えません。だから「表」から見たときの平面的な美しさを、立体で表現しなければならないんです。また、同じ季節の同じ題材のものでも、毎年どんどん形を変えて作っています。
和菓子の魅力を広げ文化を守ることが梅花亭の役目
井上:和菓子って、食べると気持ちがほっこりしたり、疲れが癒されて心が和やかになったりするものだと思います。含まれている成分がほとんど炭水化物と砂糖なので、太りやすいと考える人もいるかもしれませんが、それほど多くの分量を食べるものでもないですし、炭水化物は身体を温めたり、動かしたりするエネルギーになるものです。だから、あまり気にせず多くの人に食べてもらって、ほっこりした気持ちを味わってほしいですね。
そのためにも、季節限定商品やオリジナルのアイデア商品など、話題になるような新商品は続々と販売していきたいと思っています。先日Webメディアに上生菓子の「はさみ菊」を取り上げていただいたんですが、その記事の反響がとてもよかったんです。今後も、インターネットやSNSを使って和菓子の魅力を発信していけたらと思っています。
また、お客様がライブ感を持ってお買い物ができるような店作りもしていきたいと考えています。現在も、工房の様子は見えるようになっているんですが、あまり気付いてもらえなくて(笑)。職人の技術を見ていただくことで、和菓子の楽しみ方も広がると思うので、店の作り方も少しずつ変えていきたいですね。
それから、日本特有の季節の移ろいを愉しむ文化を、和菓子を通して守っていくこともひとつの役目かなと思っています。イギリスで講演をしたとき、現地の方々は和菓子の見た目の美しさや、油を使っていない点、すべて植物由来の原料からできていることなどに、とても関心を示していました。ただ、文化的な背景についてはいまいちうまく伝わらなくて。イギリスは四季の違いははっきりしているものの、その移ろいを愉しむという文化は醸成されていないんです。
でも最近は、日本人のなかにも季節の移ろいに鈍感な人が増えているような気がします。日常のなかで文化を感じる場面が少なくなっているのが原因でしょう。だからこそ、比較的身近な存在である和菓子を通して、季節ごとのメッセージを発信していけたらと思っています。
<店舗紹介>
御菓子司 神楽坂梅花亭
昭和10年創業。「安心、安全、観て楽しく、食べておいしい」をモットーに、国産素材を使用した無添加の和菓子を提供。自家製の餡は11種以上。すべて店舗で炊かれている。
※この記事は公開時点、または更新時点の情報を元に作成しています。
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この記事を書いた人
高根 千聖(たかね ちさと)編集者
株式会社ZINEの編集者。編集プロダクションで週刊誌の編集・ライター業務に従事。その後、制作会社にて紙媒体やWEBサイトのディレクション、編集・ライター業務に携わる。得意ジャンルはビジネスやグルメ、芸能など。