5日間の研修でベーカリー開業?常識破りの「リエゾンプロジェクト」とは
ベーカリーといえば、職人の世界。開業するためには数年間は他店で修行を積む必要があると思う人も多いのではないでしょうか。事実、代々木上原の有名店「365日」のオーナーはフランスで10年間修行。「カタネベーカリー」のシェフは、創業112年の老舗「DONQ」で6年間修行をしています。
しかし、ここ数年製パン業界で話題となっている「リエゾンプロジェクト」は、その常識を打ち破ります。なんと、5日間の研修でベーカリー開業のノウハウを手に入れられるのだとか。
リエゾンプロジェクトの主催者、株式会社おかやま工房代表取締役の河上祐隆さんにお話をうかがいました。
この記事の目次
未経験者でも5日間の研修でミニベーカリーを出店
河上祐隆さん(以下、河上) リエゾンプロジェクトは、パン職人としての長年の経験をもとに最低7坪程度の店舗面積でもはじめられるような小規模ベーカリーの開業支援を行う事業です。スタートしたのは2008年。パン職人としての経験がなくても5日間の研修でベーカリーを出店することができるカリキュラムを組んでいます。
一般的に技術を身につけてパン職人として独立するまで何年もかかります。また、ベーカリーは長時間重労働。オーブンやミキサーなどの機材が大きくて筋力や体力を要します。直営店工房を見ると、スタッフはほぼ全員20代。30代にさしかかると体力面で負担が大きくなります。そのため、50代以降の独立はほとんど前例がありません。
そこでリエゾンプロジェクトでは高齢者でも無理なく扱えるコンパクトで軽い天板や小さい機材を導入したミニベーカリースタイルを提案し、生涯現役ベーカリーを経営できるようにしました。
株式会社おかやま工房代表取締役 河上祐隆
1962年大阪府大阪市生まれ。1980年、18歳で製パン業界に足を踏み入れ、1984年に独立。「パンクック」を立ち上げ後、名称を「おかやま工房」に変更。現在製パン未経験者でもベーカリーをはじめられるよう独立開業支援をおこなう「リエゾンプロジェクト」を主催。
数値化、レシピ化、マニュアル化した少人数研修
河上 プロジェクトの特徴は“3つの見える化”(数値化、レシピ化、マニュアル化)をした5日間の研修です。ほとんどのベーカリーでは職人の手の感覚でパン作りをしますが、リエゾンプロジェクトでは感覚とされていた部分を全て数値化させ、マニュアルにしました。また当社直営店は2000種類以上のレシピがありますが、ミニベーカリー支援であるこのプロジェクトでは約200種類に厳選。この研修により未経験の方でもチャレンジができるようになっているのです。
研修は東京の三田と五反田、大阪にある協力会社の幸福米穀、本社のある岡山、札幌などで行っています。定員4人という少人数でしっかり研修を行うのがポイントです。研修は、1日目、2日目から4日目、5日目と大きく分けて3フェーズに分けられます。初日は座学で、原材料と機械の取り扱い、製パン理論を講義します。2日目から4日目に実際の仕込みや焼きを行います。開業希望者の半分以上は50代の脱サラ男性で台所に立ったことがない方もたくさんいらっしゃるため、2日目には調理に慣れておらず、生地をこねることにすら戸惑われる方も多くいますが、実技の終わる4日目の木曜日には「よし、絶対パン屋をやるぞ!」いう気持ちになる方がほとんどです。
小規模だから初期費用を抑えられる
河上 リエゾンプロジェクト契約料は300万円。自己所有物件であれば敷金・仲介料・賃料などは不要です。開業から1ヶ月間は製パン・店舗に関わる全面的なサポート、ノウハウの提供等を実施します(出張支援、追加レシピ提供等は別途契約)。
オーナーの希望の条件によって費用は異なりますが内装費は約400万円前後。電力は家庭用電源が使用可能で電力の引き込みは不要です。什器・備品代として約60万円、機械代で550万円(リース契約も可能)。オープン運転費は約20万円です。研修費用は一人当たり10万円。
初期費用合計は約1340万円で、通常のベーカリー開店に比べて初期費用を抑えられ、チャレンジしやすいのが特徴です。
シャッター商店街でも成功。ミニベーカリーは地域のコミュニティー
河上 少ない初期投資で開業するミニベーカリーは最小7坪から始めることができます。物件探しで非常にポイントが高いのは賃料の安いシャッター通りの商店街。元々小さな居酒屋や薬屋さんなどの商売をされていた7坪(約23平米)程度の空きテナントで開業ができます。家庭用電力でOKであるということも強みになります。シャッター商店街では商売ができないイメージはあるかと思いますが、高齢者はシャッター商店街に残っているお店で買い物し、なおかつそのお店が町のコミュニティーになるので成功するケースが多いのです。
現場のスタッフによく言うのは「焼き立てのパン提供しなさい」ということと「心のこもった温かい接客をしなさい」ということ。この2つで地域のコミュニティーになることができ、お客様に何十年も来続けてもらえます。
温かい商品を提供する一番のポイントは「短時間で欠品させる」ということです。小売業では欠品はNGですが、ベーカリーは工場直売所ですから、品数を揃えるとパンが冷めてしまいますし、ベーカリーのパンはビニールに入ってないので、空気に触れて劣化し、商品価値が落ちてしまいます。お客様が来店した際に欠品していてもご近所商売なので「後でまた来るね」と言ってもらえる。あえて欠品させて、常に温かいパンを提供する方が繁盛すると考えられます。
横のつながりを大切にする開業支援
河上 リエゾンはフランス語で「つながる」という意味。毎月ロイヤリティを取るフランチャイズ式ではなく、同じ経営者として横のつながりを大切にする開業支援という形を取っています。
どこに行っても同じ店名、同じ内容のフランチャイズとは異なり、リエゾンプロジェクトで開業する場合、店舗名や店舗デザイン、店舗形態は自由です。オープン後は年5回開催する経営勉強会でオーナー同士様々な情報交換を行います。そして横のつながりを強めていきます。
パン食増加の需要に応え、安心して食べられる美味しい無添加パンの供給を増やす
河上 高校卒業後パン業界に入った私は厳しい修行を経て、22歳でベーカリーを開業。その後、順調に売り上げを伸ばしました。やがて部下から独立希望の相談を受けるようになります。部下の門出を応援したいので独立支援を行なうようになりましたが、バブルがはじけてから独立を目指す若者が減り、従業員の独立支援もどんどん減っていきました。そんな折、福島県のイタリアンレストランのオーナーから、レストラン前にベーカリーを作りたいという依頼を受けました。一般的にベーカリーは客単価が低く客数が非常に多いビジネス。小さなお店でも1日に200人ほど来店します。
自店で提供するパンを作りつつ、相乗効果でレストランの売り上げを伸ばしたいという熱意に押されてミニベーカリー開店支援を行うことにしました。当時、私は海外出張をおこなっていたため、日本の滞在期間の都合上、一週間という短期間でミニベーカリーの開店支援を行いました。この時行った月~金曜日の5日間の研修がリエゾンプロジェクトの原点です。半年後には2号店のオファーをいただくまでの大成功をおさめ、パン職人としての経験がない一般の方にもこのノウハウを伝えたいと考えるようになりました。
このリエゾンプロジェクトを始めた背景には、日本でベーカリーが減っているという現状があります。①働き手がいない②後継者がいない③大きなベーカリーを運営するには初期投資が大きいため新規出店が難しい、という3つのネックがあり、約10年ぐらい前から廃業が増え、ベーカリーが減っています。その一方でパンの需要は伸び続けています。一番の理由は高齢化です。以前はお米を炊いて食べていた層も利便性から和食に比べて楽なパン食を選ぶようになっています。また、病院などでも米に比べて胃に負担をかけないメリットがあるため、胃腸の弱っている人や高齢者にパン食を勧めているようです。需要に対し、無添加でおいしいパンの供給が足りていません。健康志向の昨今、ベーカリーを増やし、安心して食べられるおいしいパンを提供することがリエゾンプロジェクトの大きな目標です。
全国で165店舗を展開。顧客第一で「飽きないパン」を作る
河上 おかやま工房は1984年に創業し、1986年に法人化。岡山に直営店舗を2店舗を経営し、海外でのベーカリーショップのプロデュースやコンサルティングを行うと共に、リエゾンプロジェクトを介して全国で165店舗を開業支援しています(2017年11月末現在)。
来年の春までには、さらに50店舗オープンします。リエゾンプロジェクト以前、数十名のパン職人の独立を手伝いましたが、残念ながらそのほとんどが廃業してしまいました。彼らは職人のまま経営者になりきれず、商品にこだわりすぎるあまりお客様のニーズを掴みきれず、結果的につぶれてしまうケースが多いように思いました。ですからリエゾンプロジェクトでは顧客第一のマインドを貫いています。商売というのは、ものにこだわるより前にお客様にこだわらなくてはいけないというのが私の考え方です。顧客目線でずっと食べ続けてもらえる「飽きない美味しいパン」を作り続けたいと考えています。
<取材協力>
株式会社おかやま工房
1984年、大阪府にて創業。ベーカリー事業を続ける傍ら、社員たちの独立開業を支援。そのノウハウを活かし、2008年に未経験者でもベーカリーを開業できる独立支援プロジェクト「リエゾンプロジェクト」を立ち上げる。
※この記事は公開時点、または更新時点の情報を元に作成しています。
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この記事を書いた人
高根 千聖(たかね ちさと)編集者
株式会社ZINEの編集者。編集プロダクションで週刊誌の編集・ライター業務に従事。その後、制作会社にて紙媒体やWEBサイトのディレクション、編集・ライター業務に携わる。得意ジャンルはビジネスやグルメ、芸能など。